良寛さまと杖  (竹森)
 越後線の大河津駅の近くに、竹森という村があります。ある日、良寛さまは、そこの星彦右工門という家をたずね、お夕飯の御馳走になってから、主人と一緒に、隣の家にもらい湯に行き、一帰って直ぐいとまごいをして山へもどって行きました。
 家を出るとき、良寛さまが杖を手にとりましたら、子供がそれを見て、「良寛さま、その杖は、うちのがんだ」といいましたが、「いや、わしののだ」といって出て行きました。
 良寛さまは、ずんずん山の方へ夜路を歩いて行きましたが、どうも自分の杖とちがうような気がしてきました。立ち止まってよくしらべて見ると、やっぱり違っているのでした。そこで良寛さまは、また暗い夜路を竹森の方へもどってきました、彦右工門の戸をたたきますと、「良寛さま、どうかしなさったか」「いや、申し訳ないことをした、杖をまちがえて行ったので、返しに来たわけさ」といいました。
家の者が「今夜は、もうおそうござんす、泊まってくんなされ、そして何か字を書いてくんなされ」と、紙をさかがしたが見当たりません、「良寛さま、すみませんが、おや.(庄屋) さまへ紙を借りに一打ってきますすけ、ちっとばかり待ってくんなされ」と、言って主人は出ていきました。
 良寛さまは、たくさん書かされてはたまらないと患って、あたりを見まわしますと、茶の間のすみに香典帳が掛けてありました。良寛さまはそれをはずして、

  おいの身のあはれをたれに語らまし
    杖をわすれてかえる夕ぐれ

と書きおえると、さっさと山へ立ちかえりました。
     (原田勘平著「良寛さま」 の文を転載しました。)

*大河津駅は昭和六十一年寺泊駅と改称されました。