これは大河津竹森にある一乗山和光寺に伝わる昔話である。
 先日和光寺の住職小田秦博師とご一緒した際お聞きした話である。
 今から二百年程前の話になるのだが当時この寺の住職は日澄上人と言う方であった。
 この寺にサンと名づけられた一匹の雄猫が飼われており、この猫はこの地域の猫の親分で而も遊び好きで、どこで覚えたか大変な歌の名手であった。
 月夜の晩には近所の猫を村の鎮守草薙神社に集めてサンが歌い猫達が踊って、それが猫達の何よりの楽しみであった。
 このサンと雌猫の間に可愛い仔猫が生れたが遊び好きのサンは一向に遊びを止める様子はなく見かねた和尚さんが「サンやたまには可愛い仔猫に鞘でも獲ってきてやるもんだ」と諭すと申訳けばかりの小ちゃい猟をくわえて来て仔猫に与えたかと思うと又ブイと出て行って何日も帰って来ないと言うことで遊び好きの所行はおさまりそうにもない。ほんとに困った奴だと思いつつも和尚さんはこのサンが可愛くてならない様子。
 ある月夜の晩日澄上人さま檀家廻りの帰りに草薙神社の傍を通りかかるとこの神社の通商猫の踊り場に沢山の猫が集ってワイワイ
とっくに月も昇っているのにサンが来ない。歌い手のサンが来なくちゃ踊りができない。困ったもんだ、いったい今晩サンはどうしたんだ。」とのこと。
 日澄さん物陰に身を寄せて様子をうかがっているとハアハア言いながらようやくサンが現れたがどうも様子がおかしい。
 サンが元気のない声でボンボン何か言っている。
 「今晩の踊りのことは勿論承知していた。少し遅くなったが腹こしらえをしてこようと夕食を待っていたら、寺の小坊守が煮立っているアズキ粥を盛ってくれた。急いでいたもんでうっかりそれを食べたら何しろ猫舌なもんで舌をヤケドしてしまって今夜はとても歌は唄わんないから折角のいい月夜だが今夜の踊りは中止にする。」との話。
この話を聞いた日澄上人大急ぎで寺へ帰るや小坊主達を集めて転末を話し、猫に熱い物を喰わせるとは何事かと小坊主達大目玉を喰うたとのこと。
 今でもこの神社の広場は猫の踊り場と呼ばれている。
 この神社には社殿の実に沢山の石があるが、この石は何かと効力のある石で、腹が痛い時はこの石を借りて来て腹をなでるとたちどころに治るとか。
 その代り返す時は石を一ッ足して二ッ返す慣わしとか。それで沢山の石があるのだそうである。住職も子供の頃随分この石のお世話になって、頭が良くなるようになでて貰ったがこればかりは効果がなかったようで、息がポーソと切れたと話して頂いた。
 月夜の晩にでもそっと神社を訪ねたら案外何代目サンが歌って近所のネコ連中集って踊っているかも知れませんぞ。