新米パーティ
       田宮朋子(旧姓窪沢)


 京都に住んでいたとき毎年実の実家から新米を送ってもらっていた。つややかでプーンというにおいのする新米は、他にご馳走がなくても芙味しくたべられる。新米を味わうには塩むすびが一番、という実はこのときとばかりに友人を招いてわが家で新米パーティなるものを開くのが常だった。当時まだ学生だったり画家の卵だったりした夫の友人たち。
 陶芸家の友人が結婿祝いに焼いてくれた青磁の大皿に笹の糞を敷いて、そのうえに炊きごはんで作った塩むすびをならべる。後は漬物とせいぜい野菜の煮物。お握りには不似合いのょうだが「新潟の漕がこわい」という人がいて、酒を出すこともあった。自分では酒を飲まない夫にも、私にもたのしいひとときだった。長岡にきてからは、新米パーティをすることもなくなったが、ほんの少しずつ、新米を京都に向けて発送するようになった。
 たのしみはとぼしきままに人
 集め酒飲め物を食へという時
          橘曙覧たて