十一月から例年になく強風の日が多い。
 寺々で報恩講が勤修される頃いわゆる報恩講荒れが吹きまくり,年が明けての二月十五日の涅槃会(お釈迦さまの団子撒き)までじっと耐えると言うのが越の浦寺泊の冬の姿である。
 今年は台風が少ない割に上陸する的中率が高くあちこちに悲惨な被害をもたらしたが,寺泊では台風の被害はほぼ皆無で,台風以外の風での被害がむしろ多かった。
冬の強風で風慣れしていて,二十米位の風にはさして驚きもしないのだが,それは樹木とて同じことなのだろうが季節外れの風は吹く方向も違い,特に落葉樹は裸で吹かれるのと葉を一杯につけて吹かれるのでは受ける風圧が随分違うのであろう。

 今年は十一月の二十一日に巳に初雪が来て,割と遅い紅葉だった為,紅葉が雪を冠ると言う美しい光景も見られたが,その後二,三回弥彦山が白くなり,雪下ろしと思われる雷が一晩中鳴りつづけたりと仲々思わせ振りの天候なのだが,いよいよ里への雪かと心の準備はしているもののむしろ気温は例年になく暖かいようで,雪の中で咲く山茶花はほとんど満開で,雪のない年には咲こうか咲くまいか思案しながら少し蟹をふくらませ初めると寒風と雪にたたられて咲く機会を逸する水仙が,墓地や山畠の土手に香り高い花を咲かせている。

 同じように薮椿も又この侭春まで咲きつづけるような様子で,花には縁のないこの季節珍らしく花盛りと言った状況。
 お歳暮の季節で酒と肴が兎角話題にのぼる。
 偽物まで出廻ると言う人気銘柄の異常な高値もとうかと思うが無い物ねだりはこれ人間の業か。

 かつて旅行で富山で一泊した際,言葉の訛で越後人と分かったらしく,新潟では寒梅と言う銘柄があると聞いていますが,当店のお客様で大変なお酒好きの方がおられて,実は現在ガンで病院に入院しておられるのですがあまり長い生命でないと聞いており,是非思い切り飲ませて差上げたいので一本送って貰えないかと頼まれたことを思い出します。
 そんな話とは知らず,酒の話が出たところで,酔いも手伝って,そんな酒は大したもんじゃなくて地元では皆んな晩酌で飲んでゐるなんて放言したもので到々送るはめになり,廻りの連中からは,この人は坊さんだから嘘はつかないから大丈夫などと囃して立てられるわで,結局送ったところ,早速店から電話が入り,今お客さまが見えられて巳に半分程空けて大感激とお返しに鱒寿しを五個も頂いたことを思い出すのだが,確か「おふくろさん」と言うあの店は今もやっておるやら,又御病人はその“どうなられたやらと酒が話題になる季節になるとふと思い出すのである。

 専門家に聞くとそれは美味しいのは吟醸酒だろうが,酒は好みもあるのでいつも飲み慣れているものが一番でしょうと言う。
 酒店の御主人の言は又それなりに肯けるもので,臼く「お値段と言うことでしょう。」 いよいよ残すところいくはくもない。

 鐘楼に吊した柿もすっかり熟して粉を吹いて甘くなった。
 ハリハリ用の大根も北風にさらされていい塩梅に細々とちぢみ上って風にゆれている。

 先日の報道で今年を象徴する漢字は「毒」だと言う。
 いやな時代であるが,これは今に始ったことではなく,人間誕生以来「三毒世を機す」と指摘されているのである。
 改めて時代の象徴が「毒」であると指摘せざるを得ない今の状況を真摯に受け止め,そこから立ち上ってゆく道を模索べき時と自覚することが大切なのであろう。

 清水寺管主の筆にもその願いが込められているものと感ずる。
 大晦日には寺々で除夜の鐘が撞かれる。年々撞き手も増えているようで,巳に今年も一番宣言した中学生がいる。とんな思いで撞く鐘なのだろうか。